田毎の稲の花に感動した明治の俳人







冠着山(姨捨山)のふもとの更級小学校で6月23日、俳句の出前授業を行いました。俳句の勉強を済ませた3学年以上、全4学年それぞれのクラスが対象だったので、更級地区(旧更級村)に伝わる一つの俳句についてたっぷり紹介し、そのあとで実際に俳句をみんなに作ってもらいました。
紹介した俳句は「更級やいまは田毎に稲の花」。旧更級村(現羽尾5区)の観月の名所、郷嶺山(ごうれいやま)、現在はそばも食べられるさらしなの里展望館がある里山に立つ石碑に刻まれたものです。作者は木甫(もっぽ)という俳句の師匠で、明治の初め郷嶺山の観月殿に移り住んで、眼下に広がる広大な稲の花が咲いた夏の時季の田んぼの様子を詠んだものだと思います。
この俳句の読みどころは、「田毎に稲の花」という言葉です。江戸から明治時代、さらしな姨捨は「田毎の月」で全国の人に有名でした。木甫は田毎に映る月とは別に、田毎に咲いている稲の花に感動したのです。稲の花は、出前授業の中で子供たちに聞いてもみんな見たことがないというほど、地味なものです。しかし、夏の暑い盛りに青い稲の葉の間に咲く白い粒のような小さな花は、気づけば心を動かされます。
木甫はその白くすがすがしい光景とさらしなというすがすがしい音色の言葉との組み合わせが詩になると直感したのではないかと想像します。田毎の月は収穫の時期の実りの黄色の棚田。田毎の稲の花は、若々しくさわやかな緑の棚田。さらしなの里に移住した人ならではの俳句だと思います。
そんなことをそれぞれの学年の子どもたちに、言い回しを工夫しながら伝えました。ほかのわたしの話は忘れてもいいから木甫さんの「更級やいまは田毎に稲の花」の俳句は覚えて帰ってねとお願いしました。
最後の10分ぐらいは俳句の実作。ひらがなで575の文字が書ける俳句用紙を配り、とにかく自由に書いてもらいました。ゼロから作るのは難しいので、最初の5には「さらしな」「かむりき」を書き入れておいて、あとを続けてとお願いしました。自由に書いてもらえる575のマスも付けました。季語は作った結果入っていればいい、たくさん作ることの方が大事と伝えました。そうして作ってもらったもののいくつかをご覧ください。
かむりきはつきがきれいなかむりきだ
かむりきやまてっぺんからはまるいつき
かむりきのむしやどうぶつわらってる
ちくまがわきれいなかわでかがやくよ
かむりきややまやまみえるきれいだな
さらしなはかむりきやまがめだってる
さらしなでつきをてらせよたなだみず
かむりきのふもとにうかぶおつきさま
さらしなのひかりきれいだよるのつき
木甫について詳しくは次をクリック。https://www.sarashinado.com/2011/07/16/moppo/ この記事では「田毎の稲の花」について、収穫の時期の実りの棚田のことと紹介していますが、記事を書いた後、文字通り収穫前の稲の花と解釈した方がいいと思うようになり、出前授業ではそのように紹介しました。記事では木甫、そしてその奥さんがどんな人だったのか、どのような経緯で碑ができたのかについても書いています。(さらしなルネサンス・大谷善邦)


