1. HOME
  2. 投稿
  3. 注目のお知らせ
  4. さらしな姨捨はエンタメと好相性?

さらしな姨捨はエンタメと好相性?

2月7日(土)、千曲市八幡公民館で「千年前すでに月の都だったさらしなの里」というタイトルで、お話をさせてもらいました。主催の千曲市川西地区振興連絡協議会から「若い人たちにも来てもらえるように」という依頼があり、千曲市が舞台のアニメ「Turkey!」も話題にしました。時間などの関係で十分に話題にはできなかったので、以下のような文章にまとめました。。お話をするに当たっては千曲市日本遺産推進協議会にもお世話になりました。地元のケーブルネット千曲で後日、放送になる予定です。(さらしな堂・さらしなルネサンス 大谷善邦)

***************************

 古今和歌集の「わが心慰めかねつさらしなや姨捨山にてる月を見て」の歌によってさらしな姨捨の地が、悲しみを持つ人の嘆きを吐露する最適の場として選ばれるようになったことについて、「更級への旅」というシリーズでたびたび書いてきました(末尾に号数記載)。2025年、千曲市が舞台のテレビアニメ「Turkey!」が世代を越えて好評なのも、存分に嘆かせてくれるさらしな姨捨の場の力を生かしているからだと思います。主人公のボウリング部女子高校生たちはボケと突っ込みの楽しいやりとりを織り込みながら  本当によく泣き、嘆きます。しかし、それらは救い取られ癒されていきます。(画像クリックで拡大)
 私の子どものころはボウリング人気がすごく、中山律子さんにあこがれた世代。第1話で現代から戦国時代にワープしたのに驚き、全12話、ほぼリアルタイムで見ました。2話以降では戸倉家という領主の5姉妹が登場、計10人が絡み合いながらそれぞれの複雑な生い立ちと悩みが浮き彫りになり、後世の歴史では惨殺されてしまっている5姉妹を救おうと得意のボウリングで対抗します。目頭を押さえてしまうシーンや感銘を受けるセリフ(「一生、空気だと思ってた。空気だって動けば風になる。風になれ、私」など)もちりばめられています。最終12話は、まさに嘆きと癒し、再生の物語です。歴史では惨殺者の坂城氏という戦国武将とボウリングで対決、窮地の女子たちはボウリングには「2投目がある」と言って失敗を回復し、5姉妹を救います。ボウリングの知恵で難題を乗り越えたのは、老人の知恵で国を救った姨捨伝説の筋書きをほうふつとさせます。
 毎話、エンイングに流れるテーマ曲の映像では最後に姨捨の棚田で月を見上げるシーンが放送されました(左の写真)。これは明らかに日本遺産に認定された千曲市の「月の都」のイメージを踏まえたものです。
 実際は月の都という言葉は出てきません。アニメ制作元のフジテレビが地域活性化に活用したい千曲市と連携協定を結んだのは2022年。日本遺産認定から2年後、制作元が知らなかったとは考えられません。アニメでは実際の名前は出てきませんが、お菓子処の名月堂や月の都構成遺産の武水別神社、さらしなの里歴史資料館など、さらしな姨捨にまつわるスポットがいくつも登場することから、意識していたのは間違いありません。月の都など具体的な地域情報が入り過ぎると、アニメを見る人が物語に浸かりにくくなるので、言葉としてはあえて入れなかったのだと思います。
 「Turkey!」が好評の理由を考えているとき、千曲市出身のシンガーソングライター熊木杏里さんの曲を思い出しました。千曲市誕生20年記念事業として2023年4月に行った、月の都ガイド冊子「The MOON CITY」の完成お披露集会で、熊木さんにおいでいただきコンサートを開催しました。その際、熊木さんが月の都にちなんだ「姨捨の月を見に行こう」という曲を新たに作って披露してくださいました。
 月の都となった郷里に思いを寄せた新曲で、ご両親と祖父母が暮らす千曲市に帰省したとき、子育てをめぐって熊木さんがお父さんと「親子けんか」となって話がしにくい状況になっていたことが、曲づくりのエピソードになったそうです(上右に記載)。しかし、お父さんの車で長楽寺に一緒に行って、同じ月を見ていると…。そのようなエピソードを知り、曲を聞いていると、一つの月を一緒に見ていると、こじれた関係も自然に作り直されるのだなと感じました。嘆きと癒し、再生です。
 さらしな姨捨は歴史文化的に嘆きと癒しの聖地であると言えます。そのことが「Turkey!」の物語と映像、そして熊木さんの曲の魅力を一層高めています。「Turkey!」はテレビ放送後もインターネットで見ることができます。熊木さんの曲はこのコンサート限りで、リリースされていません。コンサートの様子は、地元のケーブルネット千曲で放送されたので、録画してあれば聞けます。コンサートの報告記事はさらしなルネサンスのサイトで「熊木」で検索してください。嘆きの最適の地について書いた更級への旅過去号は7578113249263274279などです。 

関連記事